定年退職して3年ほど経った頃、まだ現役で働いている後輩から連絡が来ました。
「先輩、久しぶりに飲みませんか。ちょっと愚痴らせてください」
待ち合わせた居酒屋で、後輩はビールを一口飲んでから、こう切り出しました。
「最近さ、部下に何も言えなくなっちゃって。怒れないし、厳しくもできない。でも気づいたら若い子が全然育ってないんですよ。ホワイトハラスメントって言葉、先輩知ってます?」
知りませんでした。
私が現役だった頃には、そんな言葉はありませんでした。「ホワハラ」と後輩が略して言うその言葉を、その夜初めて聞きました。
定年後の気楽な身で聞いた、その話が妙に頭から離れませんでした。後日調べてみると、これが2026年現在の職場で静かに広がっている問題だとわかりました。
この記事では、後輩から聞いたリアルな実態と、2026年4月発表のマイナビ最新調査データを交えながら、ホワイトハラスメントの意味・具体例・対処法をまとめていきます。現役の管理職の方にも、若手社員の方にも、読んでいただきたい内容です。
ホワイトハラスメント(ホワハラ)とは何か
ホワイトハラスメントとは、上司や先輩が過剰な配慮のもとで部下・後輩の成長機会を奪う行為のことを指します。略して「ホワハラ」とも呼ばれています。
加害者に悪意はありません。むしろ「良いことをしている」という意識のもとで行われる点が最大の特徴で、本人も周囲も問題に気づきにくいのです。
この言葉が広まったきっかけは、2024年4月放送の川口春奈さん主演のドラマ「9ボーダー」だといわれています。劇中で「残業しなくていい」「私がやっておく」という上司の言葉に対し、部下が「ホワハラだ」と反発するシーンが話題を呼びました。
私が現役の頃は、上司が怒鳴ることへの批判はあっても、「優しすぎる」ことが問題になるとは考えもしませんでした。時代は変わったと、後輩の話を聞いて実感しました。
ポイントをまとめると、こうなります。
- 行為者の意図:善意・配慮・パワハラ回避
- 被害の内容:成長機会の喪失、キャリアの制限、虚無感
- 発見の難しさ:被害者自身も「ありがたいはずなのに」と認識を遅らせる
パワハラとどう違うのか
パワハラは「過大な要求」や「精神的攻撃」が代表的な類型です。一方、ホワイトハラスメントは厚生労働省が定めるパワハラの6類型のうち「過小な要求」に該当する可能性があります。
過小な要求=業務上の合理性なく、能力や経験とかけ離れた程度の低い仕事を命じること、仕事を与えないこと(厚生労働省定義)
つまり、ホワハラはパワハラの裏返しではなく、パワハラの一形態として捉えられます。「優しいからセーフ」ではないのです。
後輩に「それって法的にも問題になりうるの?」と聞き返したら、「そうらしいんですよ」と苦い顔で言っていました。
現役後輩が打ち明けた「加害者側」のリアル
あの夜、後輩が話してくれた内容を、もう少し詳しく書いておきたいと思います。
後輩が管理職になったのは5年ほど前。ちょうどパワハラ防止法が施行された2020年前後のことだといいます。「先輩の時代と違って、今は怒鳴ったら終わりじゃないですか。だから丁寧にやろうと思って」。その判断自体は間違っていません。
ただ、行き着いた先がこうでした。
部下が難しそうな顔をするだけで、仕事を引き取ってしまう。新しい業務を若手に振ろうとすると「まだ早いかな」と自分でブレーキをかける。残業しそうな部下がいると「帰っていいよ、あとは俺がやる」と声をかける。
「優しい上司」を演じているうちに、部下に何も任せられなくなっていた、と後輩は言いました。
転機は半期の評価面談だったそうです。「部下に『私、何も成長できていないんですが』って言われて、頭が真っ白になりました」。その部下は入社2年目で、同期と明らかにスキルの差が開き始めていました。
後輩が「難しいことを頼んで辞められたら困る」と先読みして守っていたつもりが、本人のキャリアを止めていたのです。
「俺、良いことしてると思ってたんですよ。それが一番きつかった」——その言葉が、妙にリアルで忘れられません。
定年して外から眺めるようになって初めて思います。私が現役の頃も、似たようなことをやっていたかもしれません。
2026年最新調査が明かすホワハラの実態
後輩の話を聞いた後、気になって調べてみました。2026年4月、マイナビが中途入社1年以内の正社員1,446名を対象に実施した調査結果が公表されており、後輩が体験した構造が数字で裏付けられていました。
認知度:2人に1人以上が知っている
中途入社1年以内の正社員のうち、ホワイトハラスメントという言葉を聞いたことがある割合は56.9%。30代の認知度が60.7%でもっとも高く、20代(59.4%)が続きます。
私の世代にはほぼ馴染みのない言葉ですが、現役世代ではすでに半数以上が知っています。それだけ職場で実感されているということでしょう。
経験率:13.6%が「された」と認識
実際に職場でホワハラと感じた経験がある割合は13.6%。7〜8人に1人の割合です。具体的な内容として挙がったのは次のようなものでした。
- 「先輩が先回りして全て行なってしまった」
- 「責任のある仕事を一切任せてもらえず、残業は厳禁と毎日言われた」
- 「仕事が途中なのに定時だから帰るよう言われた」
- 「昇進すると大変だからと、本人確認なしに見送りの通達があった」
本人の意思を確認しないまま、行動やキャリアを制限する——これがホワハラの核心だと、改めてわかりました。
離職直結:経験者の71.4%が転職意向あり
もっとも驚いたデータはここでした。ホワハラ経験者のうち、今後1年以内に転職したいと思う割合は71.4%。未経験者(48.1%)と比べて23.3ポイントも高い数字です。
後輩が「部下が辞めそうで怖い」と言っていた理由が、この数字を見てよくわかりました。「優しい職場」は、必ずしも「辞めたくない職場」ではないのです。
ホワハラが起きる3つの背景
1. パワハラ防止法の副作用
2020年のパワハラ防止法施行以降、管理職の「指導の萎縮」が進んでいます。2026年に実施されたエレメント社の調査では、「パワハラと言われることを恐れて指導を控えた経験がある」上司が68.34%にのぼることが明らかになっています。
後輩もまさにこのケースでした。怒鳴れない、詰められない、厳しくできない——その結果として、部下に何も任せられなくなっていくのです。
2. 良かれという思い込み
「この人には無理させたくない」「体調が心配だから」という善意は、本人の意向確認なしに発動されると、キャリアへの干渉になります。相手に聞かずに「させない」選択をすることが、ホワハラの構造です。
私が現役だった時代も、部下を「守る」つもりで仕事を引き取ることはありました。あれが果たして正しかったのか、今となっては確認する術もありません。
3. 組織内対話の不足
マイナビ調査の担当者も指摘していますが、「どんな配慮が本人にとって望ましいか、日常的な対話で双方の意向をすり合わせる」ことが欠如している職場で、ホワハラは起きやすいといいます。後輩も「1on1はやってるんですけど、どうも表面的な話しかできなくて」と言っていました。
「これってホワハラ?」セルフチェック
現役の若手・中堅の方向けに、職場の状況を確認するチェックリストを挙げておきます。
□ 同期・同年次より明らかに業務量や責任が少ない
□ 挑戦したいと言っても「まだ早い」と言われ続ける
□ 仕事の意思確認なしに、業務や機会から外されることが続く
□ 成長実感がなく、半年前と同じ業務しかしていない
□ 評価面談で「期待に応えられなかった」と言われるが、挑戦の機会がなかった
3つ以上当てはまるなら、ホワハラが起きている職場環境である可能性があります。
ホワハラに直面したとき、どうするか
まずは「意思を言語化して伝える」
「もっと責任ある仕事を任せてほしい」「成長したいので挑戦させてください」と、明確に言葉で伝えることが最初のステップです。後輩の話を聞く限り、上司が悪意ゼロのケースがほとんどなので、意向を伝えるだけで状況が変わることも多いようです。
記録をつける
意思表示をしても状況が変わらない、または業務機会の制限が続く場合は、日時・内容・状況を記録しておきましょう。パワハラの「過小な要求」として相談窓口に持ち込む際の根拠になります。
社内窓口・外部相談先を活用する
- 厚生労働省「総合労働相談コーナー」(全国の労働局・労働基準監督署)
- みんなの人権110番(法務省):0570-003-110
- 会社の人事部・コンプライアンス窓口
ただし、社内窓口は会社側の立場で動く可能性もあります。深刻な場合は外部の専門機関や弁護士への相談が現実的です。
転職を視野に入れる
後輩自身も「部下が辞めたら困る」と言っていました。裏を返せば、構造が変わらない職場で待ち続けることにはリスクがあります。環境を変えることも、立派な選択肢です。
転職活動は在職中から始めることを強くお勧めします。焦りは判断を誤らせます。
現役管理職の方へ——後輩の悩みを聞いて思ったこと
このセクションは、今まさに後輩と同じ立場で悩んでいる管理職の方へ向けて書きます。
「部下を傷つけたくない」「パワハラと思われたくない」という気持ちは、真剣に仕事をしているからこそ生まれるものです。それは決して責められることではありません。
ただ、後輩の話を聞いて気づいたことがあります。本人に聞かずに「良かれ」と判断し続けるのが、最大のリスクです。「この人には無理だろう」という先読みは、善意であっても本人のキャリアを止めてしまいます。
1on1や日常の会話の中で、「どんな仕事に挑戦したいか」「今の業務量は適切か」を聞く習慣をつけるだけで、ホワハラの発生を大幅に防げます。現役を離れた外野だからこそ、そう断言できます。
FAQ:ホワイトハラスメントについてよくある疑問
Q. ホワハラは法的に問題になりますか?
A. 能力に見合わない軽微な業務しか与えない行為は、パワハラの「過小な要求」として違法と評価される可能性があります。ただし法的判断は個別ケースによるため、専門家への相談が確実です。
Q. 自分が加害者側かもしれないと感じたらどうすれば?
A. まず部下・後輩に「もっと挑戦したい仕事はあるか」と直接聞いてみてください。本人の意向確認が最初のステップです。
Q. ホワハラとサポートの違いは何ですか?
A. 本人の意向を確認したうえで行うサポートはホワハラではありません。本人の意思を無視して「させない」選択をすることがホワハラの定義です。
Q. 「優しい職場」と「ホワハラ職場」の見分け方は?
A. 挑戦の機会を求めたときに応えてもらえるかどうかで判断できます。求めれば任せてくれる職場は優しい職場。求めても外され続ける職場はホワハラの可能性があります。
Q. ホワハラ経験後、転職すべきですか?
A. 一概には言えませんが、意思表示をしても状況が変わらない場合は、転職を選択肢に入れることをお勧めします。マイナビ調査でも、ホワハラ経験者の71.4%が転職意向を持っています。
Q. ホワハラは本当にハラスメントといえるのでしょうか?
A. 「言葉の乱用では」という意見もあります。ただ、成長機会を奪われて傷つく人が実際に存在し、離職につながっている以上、問題として向き合う価値はあると思います。
Q. 転職先でもホワハラに遭わないための見分け方は?
A. 面接で「入社後に挑戦できる業務の例」「OJTのやり方」「育成方針」を具体的に聞くのが有効です。「本人の意向を確認しながら進める」と答える職場は比較的安心です。
まとめ:定年後に知った「善意が人のキャリアを止める」という現実
後輩とあの夜飲んでいなければ、ホワイトハラスメントという言葉を知らないまま過ごしていたと思います。
「俺、良いことしてると思ってたんですよ。それが一番きつかった」——その言葉が、ホワハラの本質をそのまま言い表しています。怒鳴るわけでも、無視するわけでもありません。善意のまま、じわじわと相手の機会を奪っていく。被害者だけでなく、加害者も苦しむのが、ホワハラのやっかいなところです。
2026年のマイナビ調査が示した数字——経験者の71.4%が転職意向あり——は、この問題の深刻さを証明しています。「優しい職場」が、必ずしも「働き続けたい職場」ではないのです。
現役を離れた身として、今の職場で頑張っているすべての人に伝えたいことがあります。
「なんか虚しい」「成長できていない気がする」と感じているなら、その感覚は正しいサインかもしれません。そして今まさに後輩のように悩んでいる管理職の方には、まず部下に「どうしたいか」を聞いてみてください。それだけで、変わることがあります。
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